驚異のスキャナおじさん

 何よりも、本気度がすごかった。横浜の中区民センターの一室。テーブルにずらりと並んだA3,A4のモノクロ・プリントは、全部スキャナカメラの撮影だ。しかも部分伸ばしもあって、スキャナで問題になるシマ模様も拡大してある。撮影レンズもカメラもスキャナもパソコンも、バッテリーまでが並んでいた。私も含めて、のぞきに行った5人は圧倒された。(写真下)


◆年寄りあなどるべからず
 先に六本木でやったスキャナカメラのワークショップは、主に大判族とデジタルに強い連中に呼びかけたのだったが、集まった中に筋金入りのお年寄りがいた。横浜在住の堀江忠男さん。76歳。バリバリの大判現役である。むろん、フィルムカメラの方だ。
 この時の話は、レンズからの光をスキャナで直接つかまえようというものだったが、堀江さんが同行の年配の御仁と話している中身は,少し違ったらしい。聞きつけた友人が解説してあげたと、あとで聞いた。「だけど、わかったかなぁ」と,そんな話だった。
 ところが日を置かずして、「スキャナカメラに取り組んでいます」というメールが届いた。ワークショップでのデータをもとに、スキャナも手に入れて、試行錯誤しているという。私も自分ではやっていないから、技術的な細部はわからない。そこで先行している連中にメールの内容を伝えたのだが、「意味がよく分からない」ということだった。
 と、さらに郵便が届いて、堂々たるモノクロ・プリントが出てきた。もともと風景写真の人なので、箱根やら何やらを車で撮り回った結果だった。わざわざカメラも手に入れて、システムを作り上げたということだった。びっくりして、その画像をデジタル化してまた仲間にメールで知らせたのだが、どういうワザなのかがよくわからないという。そこで、一度見せて下さいとお願いした。
 横浜での会合は,その答えだった。堀江さんの大判仲間に結果を見せるというので、その場へ仲間を誘ってお邪魔したのである。「横浜は久しぶりだから,中華でも」なんて気分で出かけたのだったが、あいにくの寒さと雨まで降り出して、そちらの方はお預けになった。しかし、スキャナカメラの方は驚くような発見がいっぱい。とてもお年寄りのお遊びではなかった。
◆発想が全然違っていた
 友人たちが、堀江さんのいう内容を理解できなかったのは,無理もなかった。発想が全然違ったのである。(スキャナ部分の違い。上のガラス部分に樹脂を貼付けたのが下、カバーがついている)
 これまでこのブログでお伝えした方式は、スキャナの受光部分からLEDライトと集光レンズを取り除いて、残った受光素子(キヤノンはCIS。以前CCDと書いたのは誤り)で、レンズからの光を直接読み取る、というものだった。CISの位置をピントグラスの位置に合わせて、ピントを出すのである。(「デジタルのダゲール」「好きこそものの上手なれ」参照)

 対して堀江さんの試みは、LEDは取り外すが集光レンズはそのまま。スキャナのガラス面にスリガラス効果のある樹脂を貼付けて、そこに結像した絵を,反射原稿を読み込む要領でスキャンするというものだった。ピントグラスをそのまま読むのと同じである。
 私もこれを考えたことがあった。その方が、スキャナ本来の操作に近いからだ。ただ、LEDの反射光に較べるとピント面の光量はあまりに暗い。またスキャナは,スリガラスの微細な凹凸くらいは読む能力があるから、おそろしく程度の悪い絵になるのではないか。友人にも笑われて、なんとなく納得していたのだった。
 あとで聞いたのだが、ワークショップにきた人の中にも、同じ考えの人がいた。会場でさまざまに意見が出る中で、具体的な手だてを語ってもいたという。堀江さんはそれらを全部聞いて帰って、方式を選んだらしい。
 プリントを見ると、とんでもなくシャープで、そのまま作品になるようなものが何枚もあった。テーブルには、レンズによる違いを見せるために、同じ絵柄が何枚も並んでいた。元のスキャナ画面はキャビネ判(カメラがキャビネ)で、レンズはいずれも4x5,5x7用のフジノン、フジナー、ラプター、イマゴン、おまけが100円で買ってきたというプラスチックの老眼鏡レンズを丸く削ったものである。(写真は船の全景と部分の拡大。レンズはウォーレンサック・ラプター241/4.5。シマ模様がみえる)
◆結果をめぐって侃々諤々
 プリントの前に使用レンズの現物が置いてあったから、結果は一目瞭然だった。フジノンなどのまともなレンズよりも、イマゴンや老眼鏡の方が、はるかにぴりっとしている。しかも、高級レンズだと、フラットな部分にきれいなシマ模様が出ている。逆に、ボケレンズの方ではシマが目立たない。「これはいったい何なんだ」と,侃々諤々である。
 1人が、レンズの解像力とスキャナの解像力(dpi)による干渉縞(モワレ)ではないか、という。理由は、縞がきわめて規則的に並んでいること。前回のワークショップで出た不規則なシマ模様とは明らかに違う。彼が以前関わったレーザープリンタでも、同じようなモワレが出たことがあった。が、波長をずらすことで、それは解消したという。
 つまり、シマは、スキャナの解像力とレンズの解像力の波長が合ってしまった結果で,どちらかをずらせば出ないのではないか。イマゴンや老眼鏡は質の悪いレンズだから出ないのかもしれない,というのだった。なるほど、といったところで、そんなややこしい光学知識のある者はいない。
 次に、スリガラスの役をしている樹脂のシートがある。堀江さんは「顕微鏡で見ると、規則的に山が刻まれていた」という。となると、これもまた波長が関わってくるかもしれない。シートは本来何に使うのかわからない不思議なもので,文房具屋で見つけたのだそうだ。
 見たところは、スリガラスよりは効果がいいらしい。ノギスで測ってみると厚さは0.07mm。これくらいならスキャナにとっては誤差の範囲内であろう。反射原稿が多少ガラス面から浮いていても,スキャナは苦もなく読み取ってしまう。それよりも、機械で刻んだという山の規則性の方が問題になるかもしれない。

◆不純な動機にぴったり?
 それから、プリントの周辺の光量が落ちる、というのもあった。はじめ「レンズが開放だからかな」と思ったのだが、考えてみれば当たり前で、ピントグラスの見え方はもともと周辺が暗い。それを直接読むのだからと、これは理由がわかった。読み込んだ結果はデジタルデータだから、あとでデジタルで焼き込みをすれば、かなりの調整はできるだろう。
 それよりも、ちゃんとしたレンズよりも単玉レンズの方がシャキッとした絵になるというのが気に入った。わたしが持っているレンズの大半が、この手のいかがわしいレンズだからだ。湿板時代のフランス・レンズとか、乾板初期のアンソニーとかランカスターとか。これらは絞り込みで収差をごまかしているのだが、ピントそのものが悪いわけでもなく、開けっぴろげにしたらソフト効果も出る。新しい遊びのタネになるかも知れない。(右の2枚はイマゴン350mm,絞り値は不明)
 そのイマゴンの絵は,近接撮影の被写体が中心にドンとあって、アナあきフィルターを使っているというのに、十分にシャープ。周辺部の光量落ちはさほどではなく、よく見ると周辺にシマ模様はあるが、あまり気にならない。老眼鏡レンズは、さすがに周辺のボケや光量落ちはひどいが、ピントが合ったところは驚くほどシャープだ。(冒頭2枚目の写真)
 どうせ大判写真は、どこか一点だけピントが来ていればいいようなものだ。全部をシャキッとさせようとするから苦労するのである。シャキッと写真ではもうデジカメにだって敵わないのだから、もやもや画像専用だと腹をくくった方が気が楽になる。その方なら、デジカメにだって勝てるかもしれない。
 スキャナカメラの想定自体が,フィルムが終わっちゃったときのお遊びである。わざわざでっかい機材をかついで歩き回る以上、小型カメラでは撮れないものをつかまえないとつまらない。「スッキリ、シャッキリよさらば」と、これを合い言葉にするのも悪くない。二束三文のがらくたレンズが蘇るのなら、万々歳ではないか。もともと動機は不純なのだ。
◆なぜいいのかがわかった
 レンズ遊びの要諦は「あるもので写るがままに撮る」,これに尽きる。有名レンズを手に入れた、さあ何を撮ろうか,ではいけない。手元にあるレンズの写りを飲み込んで、「うん、これならアレにちょうどいい」,あるいは「あの被写体を、こいつ風に撮ってやろう」というのが王道であろう。
 単玉レンズが思わぬ特性を示すのなら、新しい発見である。フィルムの代わりを求めて、出てきたものが全く別ものであったとしても,それはそれでよし。別にテストチャートを撮るわけじゃない。ゾナーやズミクロンには敵わなくても、逆にタンバールやニコペル以上の面白い絵が撮れるかもしれない。それもデジタルで,だ。それだけでもワクワクするではないか。(上もイマゴン350mmだが、絞り込んで撮ったという。オリジナルは寝ぼけていたが、photoshopで整えたら不思議な絵になった。シマ模様も細かく、よく見ないとわからない)
 堀江さんのスキャナユニットは、樹脂のシートを貼付けて密封したような案配だった。内部は別のユニットで見たが、受光アームが光に反射してフレアが出るので、金属部分に丁寧な黒塗りをほどこしたということだった。それ以外は手を加えていない。ユニット自体は、100円で買ってきたという幅広のゴムバンドでカメラにくくりつけてあった。これもまたいい。(下は堀江さんのメモ)
 ただ、わからないのが、なぜ単玉の方がすっきりした絵になるかだ。ピントグラスの上だって、ボケレンズはボケのはず。データを何度も送っていただいているうちに,ようやくひとつわかった。堀江さんは,テストとは言いながら、出来上がった「作品」を見せていたのだった。
 われわれは、スキャナの能力、つまりスキャナが取り込んだナマのデータを見たかったのだったが、堀江さんはそれをトリミングして悪い部分を切り落とし、フォトショップで整えた結果を出していたのである。
 とくにイマゴンの絵はいずれも、周辺光量の落ちた部分を切り落としてあった。いわば、真ん中だけを見せていたのだから、そりゃあいいわけである。よく見ると周辺部にはシマ模様がはっきりと出ている。その先にもあったのだろうが、光量落ちの暗の中に消えていた? まあ、そんなところだろう。
◆見倣うべし、あるがままの勝負
 とはいえ、高級レンズがはっきりせず、ソフトレンズがくっきりというのは、やはり腑に落ちない。イマゴンだけ被写体があまりにも違うので、比較ができない,といっていたら送ってきたのが上の写真である。これではっきりしたのは、高級レンズの方が光量落ちも少なく、ほどほどに光が行き届いているということ。絞り込んだら、シャキッとするのだろうか。
 堀江さんは,自宅でカラーの伸ばしまでやっている人だから、視線の先には常に写真展がある。今回のデジタルでも,テストで得られたおぼつかない絵をトリミングして、フォトショップして、なんとか形にという意気込みがすごい。シマ模様もなんのその、出てきた画像でただちに勝負という精神には脱帽だ。理屈をこねてばかりのわれわれは、痛いところを突かれた思いである。
 堀江さんの探索はなお続く。5月に予定している大判仲間の写真展に、結果を出すと張り切っている。きっといい結果を出してくれるだろう。
              ◇
 ここでひとつお断りしておかないといけない。お伝えしているスキャナカメラはいずれも、キヤノンのCIS方式の薄型スキャナを使った試みである。薄型だから、大判カメラへの取り付けも簡単で、CISセンサーもA4判の短辺いっぱいの長さがあるから、イギリス判の全倍までそのまま読み込める(長辺は8X10より長い)。
 対してCCD方式のスキャナは,ミラーに反射させて集光するので本体が分厚く、CCDの長さも3.6~3.9センチくらいしかない。CCDは高画質が得られるから、これで素晴らしい結果を出している方もいるのだが,この場合はCCDをスキャナから取り外し、カメラに取り付ける箱から駆動装置までを自作しないといけない。大変な技術だし、CCDが短いから読みとれる大きさも中判止まりになる。
 わたしの仲間たちはみな前者の方である。スキャナの仕組みはそのままに、大判の絵をそのまま読み込む,いわばお手軽方式だ。うまく写れば儲け物と、まあそんな程度の遊びである。ただこれでも、レンズから直接読み込むと相当な絵が撮れることは確かだ。大判族なら、多少の大工仕事は出来るから、まあひとつどうですかと、そんなつもりである。
 考えてみればこんなもの、メーカーが作る気になれば、あっという間に形になるだろう。CCDを使ったキットだって楽々のはずだ。ただ、売れるかどうかとなると、メーカーはまず手を出すまい。だから、メーカーの技術者が趣味の日曜大工で作ってくれるくらいしか、可能性はない。だれかいないだろうか。大判写真の好きなスキャナ技術者は‥‥。