ひょうたんからスキャナ


 「はがきスキャナがあるけど、要りますか?」と突然友人がいってきた。はがきスキャナ? そんなものがあるの?と詳しい人に聞いてみた。すると、「3年前にいったじゃないですか。あなたが要らないって言うから捨てちゃった」と叱られてしまった。
 骨董ジャンボリーで、いつも坂崎幸之助さんのお店にいる高木靖夫さんである。そういえばそんな話はあった。SさんとムさんがA4のスキャナで画像を直接捉まえたというので、好き者を集めてワークショップをやった。のぞきにきた高木さんは、しきりと「間接方式」の話をしていた。
 以前紹介した「横浜のスキャナおじさん」堀江忠男さんは、高木さんの話をヒントに、独自のアイデアと工夫で間接スキャナカメラを作ったのだった。高木さんは「間接方式」の人なのである。
◆捨ててしまった理由
 レンズからの光を直接つかまえるのが直接方式。対して間接とは、スキャナのガラス面にすりガラス処置をして、いわばピントグラスに見立てて、その画像をスキャナで読みとるアイデアだ。高木さんはワークショップの後で確かに「小さいスキャナがある」といっていた。
 当時私はまだスキャナカメラで撮ったこともなく、大判作法としては、同じ手間なら大きい方がいいに決まってる、と思っていた。だから、小さなスキャナがあると聞いてもピントこなかった。私の反応のなさにがっかりして、捨ててしまったということだったらしい。
 その後ムさんからスキャナとパソコンを譲り受けて、私もようやくスキャナカメラを始めたのだが、わかってみると、これを支えている仕組みは、まことに頼りないものだった。
 キヤノンのLiDE40は、WindowsXPでしか動かない。おまけにLEDと集光レンズをとりはずしてあるから、スキャナ・ドライバをだまくらかして動かしているわけだ。ときおりドライバも気がついて(笑)、「キャリブレーションしますか?」なんて聞いてくる。うっかり「はい」と答えようものなら、そこで焦げ付いてしまうから、ひたすら無視してだまし続けるのである。
 そのXPも先頃クズかご行きになり、LiDE40自体もとうに生産終了だ。過去のシステムで細々と動いているのが、わがスキャナカメラなのである。ところが、問題のNEC製「はがきスキャナ」ときたら、さらに古いWindows 2000 対応で、そのままではXPでも動かないという。私にはわからない世界である。(これがNECのPetiScan。左が初期型、右が後期型。フタは同じ、外径もほぼ同じだが、内部はかなり違うらしい)
◆甦ったはがきサイズ
 しかし面白いもので、冒頭の友人の「要りますか?」のひとことでまた、歯車が回り出した。高木さんは早速がらくたを引っ掻き回して、やや旧型の「はがきスキャナ」をみつけだし、どうやったのかは知らないが(説明を聞いてもわからない)なんとかXPで動く「秘密のドライバ」を見つけ出したのだった。
 ただし、NECのドライバ・ソフトは厳密にできていて、本体を改造すると、たちまち「エラー」となって動かないのだという。キヤノンの方が融通無碍というのが面白いが、ともあれ「改造せずに」となると、スキャナカメラとしては、前述の「間接方式」でいくしかない。
 可能性があるというので、冒頭の友人から「はがきスキャナ」をもらい受けた。高木さんに見せると、「捨てたのと同じ型ですよ」と嫌味をいう。この個体はまた、内部でカタカタと音がして、どこかが破損している可能性があった。テストしてみたが案の定動かない。「別のソフトが必要かも」という。(画面サイズの比較。5x7>はがき>4x5がわかる。はがきはキャビネにぴったり)

で、動いた方をテストである。用意した5x7暗箱はサイズはOK。レンズはランカスターのRR。新宿駅構内の階段の途中に三脚を立て、パソコンに「秘密のドライバ」をインストールしてもらって、ともかく動かしてみた。電源はUSBでパソコンから。スキャナは手で支えたままである。


 さすがに屋内でf8は暗すぎたが、なんとか絵が出た。次いで屋外に出たら、さらにはっきりした。XPでの動きも安定している。ひょうたんから駒の「はがきスキャナ」は、十分にいけることがわかったのだった。
 テストはディアドルフだったので、スプリングバックにスキャナを押し込んでみたが、さすがに分厚くて入らない。それにディアドルフは不必要に重い。そこで20年来、4x5や5x7バックで使っていたイギリスのキャビネ暗箱を引っぱり出してみた。この方が小さくてはるかに軽い。のみならず、本来のキャビネ画面が、まるで誂えたように「はがき」とぴったり同じだった。
◆100円ショップでクリア
 さらに好都合なことに、スキャナの裏側半分もなぜか素通しのガラスなので、すりガラス処理をしたスキャナ面を裏からのぞける。つまり、そのままピントグラスになるのである。これで決まりだ。さて、どうやってスキャナを固定するか。
 A4スキャナは大きくて重いから、英のフルサイズ、米の8x10ともに支えの木枠を作る必要があった。また構造的に、ピントグラスとスキャナ面を合致させることができないため、ピントを合わせてから蛇腹を調節しないといけない。けっこう面倒なのである。 

 「はがきスキャナ」は、そのどちらも必要ない。ただ、ゴムひもか何かでスキャナを押し付けておけば良い。ところがイギリス・カメラはシンプル過ぎて、前面にはひもを引っ掛けるものが何もない。さ〜てどうするか。
 このカメラには撮り枠(乾板ホルダー)がなかったために、端からキャビネのピントグラスを外して4x5のジナーバックを付けた。それが鎌倉の路上で車にはねられてバラバラになって、再生してからは5x7のスプリングバックで使っていた。これをキャビネに戻したらどうだ?
 木のカメラはよろずシンプルである。木ネジ4本で元に戻る。戻してみると、ピントグラスをはねあげれば金具がフックの代わりになるではないか。こうなれば話は簡単だ。ゴムひもとフックの金具を探せばいい。というわけで近所の100円ショップへいった。100円ショップには何だってある。
 まずゴムひもの類い。「こんなのもありますよ」と店員が指したのは、女性が髪を結わくのに使う編みひもだった。伸びも強度も長さも十分だ。次がフックの類いだが、小さなナス環(カラビナ)がいろいろあってみなフックがついている。欲しいのはフックだけだが、ナス環ごとで100円である。これでよし。締めて216円ナリ。
◆イギリスカメラの泣き所
 ちょっとした目算違いで、結局ナス環も使うことになったが、ゴムひもを輪に結んで、フックをかませただけだから、5分で完成である。柔らかいゴムひもだからスキャナの着脱も楽だし、キャビネの撮り枠面にすっぽりはまっているからまずはずれない。ムさんなら、「すばらしい。オレは天才ではないか」とうそぶくところだろうが、私はそんなことはいわない。
 高木さんに連絡すると、もうひとつのスキャナも動いたというので、さっそくテストである。ただし、レンズの手当がまだできていなかった。イギリス・カメラの泣き所はレンズボードだ。アメリカ人と違って「規格」という概念が無いに等しいから、イギリス人が作ったものは、カメラごとに形も造りも違う。
 ボードだけではない。バックと撮り枠の形、サイズ、三脚穴まで、イギリスものはバラバラである。同じメーカーの同じモデルでも合うとは限らない。まあ木なんだから、ナイフでちょっと削ったらOK、なんてこともないではないが、とても産業革命を起こした国とは思えない。撮り枠のないイギリス・カメラは買ってはいけない、と学んだのも、このカメラからだった。
 無駄口ついでにいうと、フランス人もまた規格という観念がない。イギリス人同様、自分が一番だと思っているのか、ともかく手前勝手。いい技術や工夫はあるのだが、ユニバーサルにならない。ナポレオン以後、この国が戦争でドイツに勝てないのも道理なのだ。近代戦は規格の勝負。アメリカに規格の概念を植え付けたのはドイツ移民である。当然、撮り枠の無いフランス・カメラも買ってはいけない


 閑話休題。そんなわけで、うまい具合に流用できるレンズと座金がみつからない。仕方がないから、パーマセルで張り付けとする。どうせテストである。だめなら手で押さえていたっていい。実をいうとこの手の遊びは、こんなことを考えている段階が一番楽しい。これを面倒だと思う人は、女子供の類いである。
◆驚くべき珍画面
 テストは渋谷の中古カメラ市、デパート廊下の隅から始まった。約240mm、f11のランカスターの単玉はやっぱり暗すぎたが、それでもスキャナ2台とも見事なトーンが出た。そこで外へ出ると、今度は目一杯絞ってもオーバーになる。NDフィルターをかけてようやくだ。ピーカンだとf45〜64が必要になるのは、直接方式と同じだった。
 渋谷のハチ公前に三脚を立てたから、あたりは人間だらけ。それがみんな動いているのだから、まあとんでもない絵になった。はがきスキャナは、小さいくせに受光バーが動き出すのも遅ければ、動き出してからも遅い。だから歪みが極端になる。カメラの前を横切る人間はみな棒になってしまう。なにしろハチ公前である。その棒がズラーッと並ぶ。
 さらに面白いことがわかった。スキャナは小さくても、中心部が明るく周辺が落ちるという、間接方式の特徴がちゃんと出た。もともと大判カメラのピントグラスを真正面から見ると、光軸が逸れた周辺部は暗く見えるものだ。スキャナの集光レンズは真っすぐしか読まないから、ピントグラスの明暗を正直に読むのである。(写真上2枚はランカスター単玉、下はアポ・サフィール300mm)





 明暗の差はレンズが短い(広角)ほど強くなる。180mmでは横長のはがき画面の左右は真っ暗。この日の240mmでも中心部が大方飛んでしまう。そこで、製版用アポ・サフィール300/10を試してみた。重くてパーマセルではもたないから、高木さんが手で支えての試行だったが、これは良好だった。
 この焦点距離だと、光は左右の端までなんとか読みとれる明るさで入ってくる。真ん中のややオーバーは仕方がないが、周辺光量落ちという感じではなくなる。ただし望遠だから、ますます棒人間だらけになってしまって、まるでシマ模様である。
◆悔しい拾いもの?
 レンズはやがて見つけ出した。ジャンクで5000円で買ったジンマーのコンバーチブル。210/5.6〜360/12で、室内ではf5.6はぎりぎりだが、戸外だと360はf64までいくから文句なし。キズだらけだが、モノがスキャナなのだから、直射光さえ避ければ十分である。
 カメラもレンズもPCもスキャナもザックにすっぽり収まって、持ち歩きはまことに具合がいい。三脚は必要だが、8x10カメラだとさらにカートで引いて歩かないといけない。大変な違いである。年寄りには、小さいことはいいことなのだ。
 試行を重ねるうちにコツがわかってきた。棒人間が多いと煩わしいので、三脚のエレベーターを目一杯あげて、頭の上から撮ると具合がいい。ゆっくり動くものや、フラットな光線だと納まりがいい。オーバーより暗い方に強い。
 ただし、間接方式の画質はあまりよくない。すりガラスに写った画像を読むのだから、シャープネスに欠けピリッとしない。むしろその悪さを生かすような被写体を選ぶ方がよさそうだ。といってもさて何ができるか、試行錯誤するしかない。
 そのうち何かの具合で、MaciPhotoに読み込むと、画像が反転しておかしなことになった。元のトーンは自然なのに、iPhoto上ではミニコピーみたいになってしまう。コントラストが強すぎるせいなのか。
 まあ、それはそれで面白いので、いくつかをSNSに載せたら、仲間も面白いという。もともと解像力には難ありだから、思わぬ付加価値がついたような妙な気分。撮る方としては、なんか悔しい気もするのだが。 
 思わぬ失敗もあった。仲間と語らって東写美で「国際報道写真展2014」を見たあと、1人が19世紀のアンソニーの5x8の暗箱で記念写真を撮った。恵比須のコンプレックスは三脚禁止だから、ちょっとした工夫が要る。あれやこれやして、なつかしやレンズキャップ露光で2ショットを終えた。
◆デフォルメ志向?


 そこでだれかに「スキャナで撮らないの?」といわれて気がついた。集合写真——つまり動かない正常なものを撮る気が端からなかったのだ。完全なデフォルメ・マインド。われながら苦笑せざるをえなかった。「じゃああとで撮りましょう」と場所を変えて、たっぷりおしゃべりをして、さて撮ろうかと思ったら、ゲリラ豪雨になってしまったのだった。
 はがきスキャナではまだ集合写真を撮ったことがない。そのうちどこかで撮ろう。ただし、思い描いているのは、銀座の4丁目とか仲見世の真ん真ん中とか。回りを動いている人間がグジャグジャになっているところで、記念写真の仲間だけがじっとしているという図だ。でないと、せっかくスキャナを使う面白みがない。
 こういうマインドって、やっぱりおかしいだろうか?
 (スキャナ写真はいずれも、photoshopなどで明暗の差を調整してある。レンズは冒頭の写真も含め概ねジンマー210/360、詳細は写真に記載)