「横田で広角」は大間違い?

 前回、「来週はこれに挑戦する」と書いたのは、横田基地フレンドシップデーである。今年は8月22、23日だった。ちょうど空撮レンズについて書いているとき、フッと情報が目に止まった。「おお、あれがあった」というわけである。

 忘れられない1枚がある。3年前、初めて横田のこのイベントを見に行ったとき、滑走路上で三脚を立てて8x10で撮った最初の1枚だ。A-10という古い攻撃機の飛行士たちがいたので、ちょっとポーズをとってもらった。中の1人に、「翼の上に立ってくれないか」といったら、「オーケー」と何とも気さく。「ワン、ツー、スリー」でとったのが、これだ。(ガンドルフィ8x10、メトロゴン6in.F6.3、TX)
 いい雰囲気で、飛行士たちのかまえ方が、日本人とは全然違う。すぐにphotonetのアルバムに乗せてアドレスを送ったら、アメリカの家族にも伝えられたとみえて、「これは私の息子だ。大伸ばしのプリントにしたい」という書き込みがあったりして、大いに喜んでもらえた。
 はいいのだが、実はこれ失敗作なのである。レンズがメトロゴン6インチ だから、35ミリ判で22ミリ相当の超広角。画面の右にはA-10の機首のピトー管の先端までばっちり入っていたのだった。それが現像タンクにフィルムが張り付いてしまい、フィルムの右ほぼ3分の1がアウトだったのだ。
 しかし残りだけでも、ポートレートとしてはかえっていい絵になった。たとえ全部が写っていたとしても、こういう切り方もあったかもしれないという感じである。ただ、この写真には写っていないものがひとつあった。暑さだ。真夏の滑走路のかんかん照りの中だというのに、こいつら平気で飛行服だ。おかげでなにやらそよ風の中といった風情になった。写真のマジックである。

 しかし、こちらにはあの暑さは堪えた。重いバイテンと三脚を考えたら二度とごめんだと、以来横田は視界から消えていたのだった。それがまたまた、メトロゴンである。「そうだ、もう一度撮ってやろう。今度は、レンズの講釈でもしてやろうか。これは、お前さんらのじいさんが使ったレンズだぞって」。なーに、サッサッと手早く撮って回れば、死ぬことはあるまい。
 前回一緒にいったのは2人だけだったが、今回「22日にいくよー」と声をかけたら、「午前だけ参加」なんてのもいれて7、8人になった。とにかく暑いんだから、待ち合わせるまでもあるまい。携帯電話で連絡しながら、11時をめどに滑走路の戦闘機の前にいればわかるだろうと‥‥これが大変な誤算になる。
(前回と同じA-10攻撃機。プロターはF.Koristkaというイタリア・ライセンスの珍品だが、案外いいなんてもんじゃない。目の覚めるような切れ味。これで100年前とは驚きだ)
 早めにでかけたのだったが、とにかく大変な人に驚いた。あとでわかる。例の米議会が「日本には売らない」と決めたF22、ラプターが2機並んだために、どうやらそれを目当にどっと繰り出したらしいのだ。
 戦闘機の前にはずらっと人垣ができていて、三脚を立てるどころではない。だいいち、気のいいアメリカ人飛行士らがTシャツやキャップなんかを売るのに忙しくて、「ちょっと撮らせて」なんていう雰囲気じゃない。おまけに、なぜか飛行機との距離がやけに遠いのである。これですっかりやる気が失せた。

 もっていったレンズはメトロゴンのほか、プロター141ミリ F18、ハイパーゴン65ミリ F48(後玉がないので、実質は120ミリ Fは96??)だ。別に友人が例のズイコー200ミリをもってくることになっていた。
 カメラは、広角専用の8x10無名テイルボード。フィルムは4枚。レンズそれぞれワンショット、という算段である。こんな広角、超広角で飛行機だけ撮ったって、まともな絵になんかなるがずがない。


 プロターのキャップ露光で1枚撮ったところで、じゃあしかたがない、みんなを呼び集めて記念写真でも撮るか、というんで、やおら携帯で呼んで見た。ところがスイッチがはいっていないとか、留守電になっていたり、やっとつながって「いまどこに?」「A戦の5機目のところ」「エーセンて何だぁ?」「A戦闘機です」「あ、それならオレは6機目のところだ」−−なんだ隣じゃないか、となったが待てど暮らせど姿は見えない。
 別の年寄り組は、「ステルスの前にいるけど、C-130の中に入れるようだからのぞいてくる」「じゃぁ、そっちへ移動して行きましょう」。目印になるからと、バイテンは畳まないで三脚ごとかついで歩く。しかし、なにしろ滑走路の上なんだから、もう暑いなんてもんじゃない。ゴルゴダの丘のキリストだぁ。
 ようやく4、5人が集まったはいいのだが、いつの間にかいなくなったり、別の誰かがまた携帯で「どこですかぁ?」「C-130の前」「あ、見えましたぁ」といってからでも5分くらいかかったり。滑走路は広大なのだ。おまけに人がいっぱいで、簡単にはみつからない。やれやれ。
 すったもんだしながら、記念写真を2枚。(上はメトロゴン。盛大な光線漏れがあったので、焼き込んである。右はハイパーゴン)。残るはズイコー、空撮用だが人間を主に撮れるレンズだから、アメリカのカワイ子ちゃんでもと温存する。なにしろフィルムはあと1枚なのだから‥‥と、ここまでが限界だった。
 とにかく日陰というものがないのだ。そのうち「水、水」てなことになって、もう写真なんかどうでもよくなった。暗箱を畳んで三脚を納めて、はい今日はこれでおしまい。「そもそも飛行場を歩くなんて間違ってる」
 格納庫前のテントの店が並ぶあたりの人ごみで、仲間が勇敢にも暗箱広げて1枚撮った。若いヤツは元気だ。警備の兵隊が面白がって入ってきた。これがアメリカ。と、突然チアガールのパフォーマンスが始まった。

 「おー、元気だねぇ」なんて、デジカメでちょこっと撮って、帰りを急ぐ。「駅までだって遠かったよなぁ」。ゲートを出ても、これまた人ごみが続いているから、もうトボトボという感じだ。で、歩きながら、にわかに気になる。「おい、フィルムを1枚残してどうする」
 青梅線牛浜までの間に、八高線の踏切がある。見たとたんに、なぜかこれを撮らなくてはという気になった。東京近郊ではなかなかできない踏切の真ん中でのショット。「おーい、ズイコー」と叫んだが、持ち主はとうの昔に消えていた。
 「しょうがねぇ。じゃぁプロターでいくか」と店を広げ始めたが、ピントを合わせたところへ電車がきたりして、またやり直し。同行の年寄りはへたっていて「もういい」という。プロターは当然キャップ露光だから、減感現像しないといけない。大判は1枚1枚違う。だから写真師なのだ。
 かくて暑い暑い一日は終わった。締めくくりの冷やし中華とビールについては語るまい。それよりも、帰ってバタンキューで一眠りして、やおら夜中に起きだしたところで気がついた。
 「あー、最後の1枚は、あの元気なチアガールのお姉ちゃんたちを撮ればよかったんだぁ」。まさに後の祭り、どころか半日も経ってからとは。すべては暑さのせいである。