空撮レンズの実力

 久々にメトロゴンを持ち出して、東京ビッグサイトでの骨董ジャンボリーを撮りにいった。アルフィー坂崎幸之助さんが中古カメラの店を出しているのだが、もう何年も顔を出してなかった。ただ、友人がいうには、坂崎商店はファンの女性たちでいつもいっぱいなので、「三脚が立てられるかどうか」と。
 それが最終日だったせいか、すんなり三脚が立てられて、位置をかえて2枚も撮れた。バイテンで6インチというのは、だいたい35ミリ判にして22ミリくらいの超広角である。これが四隅までしっかりとした像をつくる。諧調も豊かで、気持ちのいい広角だが、これ実は空撮用レンズである。(2分の1秒露光でも、坂崎さんは動かなかった。さすが! 無名テイルボード8x10、メトロゴン6in. F6.3、TX)

◆巨大出目金レンズ◆
 以前コンタックス用のトポゴンをもっていたことがある。距離計に連動しないが、25ミリの広角なので、アダプターでライカ1Cにくっつけて目測でよく撮った。デザインは美しく持って歩いて楽しい。だが、写りはいまひとつピンとこなかった。もとは空撮用のレンズというが、そんなものだれも知らない。
 その後興味が大判に移って、小物はみな手放してがらくたに化けたころになって、その本来のトポゴンというのをeBayで目にした。210ミリというものすごい出目金の巨大レンズである。しかも、レンズのエレメント(前玉と後玉)だけ。なのに値段は高かった。

 これを見送ってしばらくしたころ、似たようなレンズが現れた。メトロゴンというボシュロム製。先のトポゴンより少し短い6インチ。これまたレンズのエレメントだけだが、今度は安かったので手をだした。5番シャッターがあったので、はめこんでやろうという魂胆である。その頃は、山工作所の山口美雄さんという強い味方がいたから、そうした工作は朝メシ前だった。
 そこで、「こんなレンズが手に入ったよー」と仲間に知らせたら、1人からたちまち反応があって、「パテント番号を見たら、トポゴンのライセンス生産。つまりトポゴンそのものです」という。「やったぁ」てなもんだ。
 届いたメトロゴンは、とにかくレンズの飛び出し方が半端じゃない。前玉にはフード兼用のプロテクターがあるが、後玉にはないので、そのまま置くと出目金が触ってしまう。
 周辺光量を補うセンターフィルターが2つついていた。黄色と赤があって、およそだが黄色はひと絞り半、赤はふた絞り半と暗い。色がついているからコントラストが高くなるかというと、これが大違い。本当にフラットになって、コントラストまでが低くなる。
 フィルターはフードにビスでがっちり止めるようになっていて、偵察機の機体の外に付けたものだとわかる。だから、普段撮るときはフィルターは使わない。暗いところで撮ることが多いのと、つけるのが面倒だし、多少の周辺光量落ちは気にならないからだ。(坂崎さん、ハービーさんの写真参照)

 これをアイレックスの5番シャッターにはめこんだ姿は、なかなかすわりがいい。4番でも可能らしいが、これはぎりぎりで工作がむずかしいようだ。山口さんは、わざわざアルミで後玉のプロテクターまでつくってくれた。最高の仕上がりである。唯一の難は、シャッターに絞りがないために、ケント紙を切ってはめ込まないといけないこと。絞り値はあくまでめのこだが、これで失敗したことはない。

◆スパイレンズは最高◆
 その後もeBayにはメトロゴンがよく顔を出すようになった。どうやらボシュロムかどこかにデッドストックがあったらしい。ただ、出るのはレンズのエレメントばかりで、これをつけたシャッターもカメラもみかけない。それでようやくわかった。
 要するに、カメラは飛行機についている、というより飛行機そのものなのである。だいぶあとになってそれが出てきたこともあったが、フェアチャイルドだったか、操縦席から遠隔操作するシステムだから、とても一般に使える代物ではない。レンズだけを活用するのが正しい道だと、あらためて確認できたのだった。
 考えてみれば皮肉なことだ。ボシュロムがトポゴンのライセンスを得た後で、ドイツと戦争になって、メトロゴンをつけた米軍の偵察機がフランス、イタリア、ドイツを(多分日本も)空撮してまわった。地中海に消えたサンテクジュペリのP-38ライトニングもメトロゴンつきだったかもしれない。一方、ドイツの偵察機はトポゴンをつけて、ロンドン上空を飛んだわけだ。なんという巡り合わせだろう。
 つまり、トポゴンが当時最高の空撮レンズだったということか。しかし、見るたびによくまあこんなもの作ったなと思う。2枚張り合わせを対称に置いただけだから、造りとしては19世紀中頃のパントスコップや後のハイパーゴンと同類だろう。ただ単純な張り合わせではなく、明るさもF6.3。ちゃんと収差も補正されていて、メトロゴンは152ミリなのに8x10をカバーする、とんでもない広角である。(下は、パントスコップとトポゴンのパテント)


 偵察機は、数千メートルとかそれ以上の高空を水平に飛んで、ピントは無限遠のまま次々にシャッターを切っていくだけだ。ただし、隅々まで画像がしっかりしてないといけないから、超広角にするとさらに設計が大変なはずだが、軍用は金に糸目をつけないから、作る方も喜んで作っちゃうのだろう。
 だからそのときはとんでもなく高価なうえに、民間には絶対に渡らないレンズだった。それが、御用済みになって50年60年経って、ただの広角レンズとして使えるなんて、大いに幸せなことである。同じ画角の現代レンズ、例えばスーパーアンギュロンだのスーパージンマーの値段を考えてみればわかる。桁がひとつ違うのだから。
◆設計者の知らない使い方◆
 といって、写りがどう違うのか、なんていってみてもはじまらない。そりゃあ現代レンズの方が光学的には進歩しているだろうが、解像力だの収差がどうとかいう詮索はアサカメあたりにまかせておけばいい。こちらは、できた絵を楽しむだけ。「空撮レンズでも、こんなにソフトに写るんだぜー」と。(下は、ハービー・山口さんのセミナーで。無名テイルボード8x10、メトロゴン6in. F6.3、TX)

 専門家によると、空撮レンズは無限遠で使うために作られるものだから、それを普通の撮影に使ったときどうなるかは、実は設計者もよく知らないなんてこともあるのだそうだ。面白い話だ。わたしは平気で人間写真だって撮ってしまうから、設計者にポートレートの結果を送ってやったら、案外「いいレンズだねぇ」なんてびっくりするかもしれない。大いにやってやろうじゃないかという気になる。
 あらためてがらくたを引っ掻き回してみると、似たようなものがいくつかあった。英空軍用にロスが作った5インチF4というのは、多分キャビネ判用で、一般にはワイドアングル・エクスプレスとして売ったものである。かなりの出目金だがトポゴンほどではなく、そのかわり前後玉の内側に1枚づつレンズが入っている。独自設計なのだろう。F値も明るく、使いやすいレンズである。

 面白いのは、コンピュター・シンメトリゴンというレンズだ。「Made in Japan」とあって、アメリカでは知られているらしいが、日本では見たことがない。コーワが作ったともいわれるが、輸出専用らしく素性すらよくわからない。あくまで見た目だが、これがトポゴン(メトロゴン)そっくりなのだ。
 いろんな長さがあるが、わたしのは210mm F6.3である。これもレンズのエレメントだけをeBayで手に入れた。小ぶりで1番シャッターに合うので、持ち歩きに便利。バイテンぎりぎりだが、実に切れがいい。どうしてこんないいレンズが知られていないのか、いまもって不思議である。

 切れの良さといえば、友人がもっているズイコー200mm F4.5もすごい。高千穂光学工業(現オリンパス)が戦時中に作った空撮レンズで、楽々8x10まで撮れるのに隅々までシャープ。造りはおそらくテッサーのコピーだろうが、写りではトポゴンにだってひけを取らない。こんなものを戦時中に作っていたとは全く驚きだ。
(3本は左からシンメトリゴン、メトロゴン、ボードについているのが英軍の空撮レンズ。左はズイコー。下は友人のHさんのポルシェとイヌたち。ガンドルフィ8x10、シンメトリゴン210mm F6.3)
 これが戦後60年も経ってから、デッドストックで出てきたのだそうが、その友人は妙なこだわりの人なので、なんと連番で2本も手に入れたのだとか。見たところはまったく普通のレンズなのに、日本人のワザはたいしたものである。

◆大判にはやっかいな超広角◆
 写真にのめり込むと、だれもがかかるのが広角病である。広く写るのは一種魔法のように魅力的だから、みんなその気になる。近年はコンピューターでレンズをつくるから、手作りの時代には難しかった18ミリだの15ミリだのというのが、遊びの対象になる。
 まあ、18ミリを超えるとかなかなかいい写真が撮れないから、そのうち気づいて熱も冷めるのが普通である。しかし、大判の広角病はちとやっかいだ。小型カメラと違って、やたら振り回すこともできないし、ゆがみが大きいから、ある程度水平を保たないといけない。そこで、大きな画角が大変な足かせになるのである。
 超広角を水平に保てば、画面の下半分は地面が写る。上半分に写っているものも、何であれ小さく写ってしまうから、迫力はぐっと落ちる。要するに、とりとめのないものが上半分で、下半分は地面という情けない絵になる。
 何によらず写真はまず被写体ありき。それを撮るためにはどのレンズがいいかーーこれが正しいレンズグルメなのだが、広角病患者は例外なく、まずレンズありきだ。それも有名レンズと決まっている。それでも小型カメラなら、ビオゴンでもホロゴンでも、やみくもに振り回していれば、1枚や2枚当たりは出よう。
 だが、大判はそうはいかない。超広角レンズをもってからうろうろしても、これに見合う被写体なんか、おいそれとはみつからない。いいなと思っても、画面の下半分の処理で大方立ち往生してしまうのである。超広角レンズはイメージサークルもギリギリに作ってあるから、レンズをライズさせるのも難しい。ではどうしたらいいか。
(右は、コダック2D 8x10、ズイコー200mm F4.5の部分を核大したもの。アトリエ・イマンで)

 46時中目と頭を使って被写体を探すしかなかろう。街を歩く、電車に乗る、景色をみる、人に会う‥‥絶えず「あのレンズが使える場面はないか」とピリピリ。これが、超広角を買ってしまった報いというヤツなのだが、そうすればやがて見つかるだろう。被写体は必ずある。ただ、目の方が超広角になっていないだけなのだから。
 それでもときに、「このレンズはいったい何を撮るために作ったのか」と首を傾げることがある。究極の超広角ハイパーゴンなんて、なぜ作ったのかがいまもってわからない。断言する。あのレンズでなければ撮れないという被写体なんかない。
 むしろ画角はやや小さくても、イメージサークルが大きくて動かせる(あおれる)レンズの方がはるかに実用的で、まともな写真が撮れる。例えばこれは、横浜の日本丸。レンズは得体のしれない240ミリ程度だが、イメージサークルが巨大(11x14)なので、バイテンでレンズを10センチ近くライズさせてある。逆に超広角レンズではこんな写真は絶対に撮れない。(ガンドルフィ8x10、ロイド・スペシャル、TX)
 とはいえ、空撮レンズは魅力的だ。時を経てビンボー人でも買える値段になって、かつ設計者すら想定していない使い道が見つかるかもしれない。難しければなおのこと、被写体を探してみたくもなる。これを書いているうちにアイデアがひとつ浮かんだ。来週はこれに挑戦する。結果は見てのおなぐさみということで‥‥。