出よ! デジタルのダゲール

 きょうは大判の未来を語ろうか。いまやカメラはデジタル全盛で、究極の便利・簡単が達成されて、銀塩仲間も大方デジタルにいってしまった。むろんデジカメは記録装置としてはたいしたもので、このページでも大いに使っている。というより、デジタルでないとページそのものが成り立たない。
 フィルムで撮ってはいるが、掲載される画像はスキャナーで読み取ったものだ。カラー写真はみなデジカメだし、題字わきのイラストにしても、お絵描きソフトとマウスで描いたデジタル絵画である。「孤高の大判族」なんて気取ってみても、しょせんはフィルムに写すまででしかない。いや、実はそこまでが何より面白いのだが‥‥。
◆そっけないプロフェッショナル
 そのフィルムの雲行きが怪しくなっている。カットフィルムの現像が不自由になった、イギリスサイズが消滅した、ブローニーや35ミリ判もどんどん種類が減っている、と憂鬱なニュースが続く。となれば、どうしても次を考えざるを得ない。

 「CCDやCMOSのでっかいのは作れないの?」と聞くと、その道のプロはみな笑う。35ミリ判のフルサイズのカメラですらあの値段である。8x10(インチ、以下同じ)はその60倍以上もあるのだから、何百万円という値段になってしまう。
 「いや、カラーなんか要らない。単層のモノクロでいい」といってもダメ。作る手間は同じだと。「ならば、不良品でもいい。多少アナがあっても全体がでかいんだから」といっても、今度は技術者の矜持で、ウンとはいわない。この石頭め!
 すると昨年9月、キヤノンがニューヨークのエクスポで妙なものを発表した。プレスレリーズを見ると、約8インチ角(202×205mm)という大型の撮像素子CMOSである(写真は市川泰徳氏のブログ「写真にこだわる」から)。左が大型の、その右にあるのが35mm判フルサイズのCMOS、面積で約40倍。300mm径ウエハーで作っている撮像素子を、普通は40枚とか80枚とかに切るところを、スパッと1枚に切り出したものだという。これはすごい。
 出力回路やゴミの処理などたいした技術の結晶だろうが、とにかく目の前にあるのだ。ところがキヤノンの説明は、「月夜の半分程度の明るさ0.3Luxでも撮影が可能」とか「星空や夜間の動物の動画撮影もできる」と話がそれてしまう。おいおい、そんなことはどうでもいい。これをバイテンの撮り枠に組み込んでくれぇ。
 NYのエキスポ会場の様子がmixiに載っていたので、さっそく問い合わせてみた。すると「画素数は2Mくらい(つまりフルHD)で、超高感度、超広ダイナミックレンジ.動画撮影可能.月明かりから普通の照明まで絞りを変えずに撮影可。 撮影はバイテン・カメラでした」。もう撮影してるのなら、できてるわけだ。でも、「売り物に仕上げる予定はないそうです」
 「エーッ、そのまま売れるのに」。大判ユーザーは全員が買うだろう。もうやめた連中もデジタルになれば、また撮り始める。ユニット式にすれば、イギリスカメラでも、ダゲレオタイプでも撮れる。ただし、安くないといけない。こう書き込んだら、「その市場規模では安くするのは不可能でありましょう」だと。クー、何たること。
◆道楽で作るしかない
 だから常々「技術者が道楽で作るしかないだろう」といっていたのだ。事実、フジの人が「道楽でなくメーカーがつくった?」と驚いていた。売る気がない、使うつもりのないものを作って、特許で防御されたりしたら最悪だ。作っちゃいけないところが作っちゃったことになる。技術的にはもうできているというのに、これじゃますます、死ぬまでに間に合わないぞ。
 暮れに近くなって、友人のSさんからメールが来た。「大判のデジタルバック・プロジェクトが進行中です」という。彼は化学系の技術者なのだが、クラシックの大判写真を撮り続けている。最近はハイパーゴンに凝って、8x10カメラを改造したりという病膏肓の士だ。
 早くからフィルムの次を考えて、半導体技術の動向を見ていた。しかし、イメージセンサーの専門家に聞いても、前述のような状況で見通しはきわめて悲観的。そこで、いまある技術を流用できないか、とこの数ヶ月、さまざまに思いを巡らしていいたというのだった。
 このとき伝えてきたのは「分割方式」である。小さなCCDで撮ったものを継ぎ合わせるというのだ。ポイントは、使える安価なデジタルバック(つまりデジカメ)があるかどうか。撮った画像のつなぎ合わせが容易に出来るかどうか。むろんデジタルカメラでの連続撮影をどうメカ的に操作するかという問題もある。
 彼は、ソニーのミラーレス一眼レフ(NEX)に目をつけた。フランジバックが短いからけられない、レンズなしでも撮影可能ーーこれをシャッター付のイメージセンサーとして使うわけだ。「もう少し安くなってからと思いましたが、我慢出来ずに購入してしまいました」
 2つ目の画像つなぎ合わせは、フォトショップに機能がついていた。試してみると面白いようにつなぎ合わせてくれる。そこでわざわざ11x14 カメラをオークションで購入。連続撮影の仕組みを工夫して撮った。「一発目の結果です」と送ってきたのが上の写真である。(操作については動画参照)☞
 イメージサークルの大きなレンズで、NEX3をレンズなしで少しづつダブらせて連射。横11枚X縦10枚計110枚の画像をつなぎ合わせたものだ。新しい画像をつかまえようという現代のダゲールの試みである。ただし、これで4x5くらいだという。理由は、個々の画像があまりに小さいために、青空のようなフラットなものが続くと、つなぎ合わせソフトが判別できずに、エラーを連発してしまうとか。(フラット部分のつなぎ、黒い四角がエラー)
 NEX3の方は、「ケラれを少しでもなくそうとマウントを外したら、リード基板が切れちゃって、二度とオートができないフルマニュアルのデジカメになりました。トホホ……」。おやまあ、かわいそうに。パイオニアに悲劇はつきものである。
◆次なるはスキャナカメラ
 むろん動くものは撮れないが、風景や静物写真ならそのままでいい。大判写真はもともと動きのあるものは少ない。どう活用するかは、撮影者の才覚次第である。なによりも、メーカーが絶対に作らないものを道楽で乗り越えようとする心意気が嬉しいではないか。
 そうこうするうちに、年が明けて別の友人がスキャナカメラの情報を送ってきた。フラットベッドのスキャナを暗箱カメラのバックにとりつけようというアイデアである。すべてHPの情報だったが、驚いたことに、これを試みている人はけっこういた。
 しかも、自分でソフトを作っちゃったり、メカも精密工作したりというとんでもないレベル。ただ、画面は大方中判どまりで、サイズよりは高画質志向というのが共通していた。その友人は大判志向なので、「ボクの考えとは違いますが」。また、彼らのレベルが高すぎて、手に負えない部分があるともいう。
 参考までにと、これをSさんに伝えたところ、なんと「偶然ですが、ここ数週間スキャナを利用した大判写真の可能性に夢中です」というではないか。「分割撮り」は技術的なメドは立ったのだが、ソフトの問題やらなにやらあって、いったんお休み。他の方法をと、スキャナに目をつけたのだという。

 イメージとしては、フイルムホルダーの代わりにスキャナを差し込むわけだ。情報に出てきたうちの1人とはすでに連絡をとって、技術的な話もしていた。が、Sさんは「小型高精細志向で、恐ろしくエレクトロニクスやソフトウェアに強い人だった。私には全くフォローできずこの方法は断念しました」というのだった。
 しかし、Sさんは別の方法を見つけていた。カナダのブリティッシュ・コロンビア大学(UBC)の学者による論文だ。pdfで読めるのだが、英語をしこしこ読まなくても、1枚の写真が雄弁に語っていた。8x10カメラのバックにスキャナーらしきものがついている(写真)。「まさに私の最終解。たぶんあなたのイメージでもあると思います」とSさん。
 論文は、市販の安いスキャナの簡単な改造で、8x10全域を5億画素レベルで撮ることができるという内容だ。画質はEOS並。スキャナはUSB電源供給なので、ノートPCを使えば屋外でも撮影できる。カメラ前面のダイヤルはカラー撮影用のフィルターで、色を変えて3回スキャンして合成するのだそうだ。なるほど頭いい。(文末の参考文献参照)
◆スキャナ奮戦記

 この学者は、学術目的で文化財や画像、資料をなんとか安くデジタル化できないかと、取り組んだのだった。つまり被写体は動かないから、スキャナでいいというわけだ。使っているスキャナはキャノン製の薄型の普及機だが、安いスキャナでよく発生するキズやムラの類いを補正するソフトウェアがくせ者で、これを自分で作ったらしい。
 スキャナの仕組みは、可動式の読み取りバーの左右からLEDの光が出て、対象物に当てた光を帯状のレンズで集めて受光素子が受ける。しかし、スキャナカメラは大判レンズからの光を直接受けるのだから、LEDもレンズも要らない。これらをはずして、バーの底にある受光素子だけにすればいい。あとは、カメラのピントグラスの位置に合うようにセットして、スイッチを押すだけ。なるほど理屈はわかった。
 Sさんがこの方式で撮影した画像が下の写真だ。まだ試行段階だからいろいろ問題はあるが、立派な絵である。何やら、初めてダゲールが画像をつかまえたときのような、どきどきするものを感ずるではないか。そこで現物をみせてもらうことにした。ついでに「分割方式」の話も聞く。どちらもめっぽう面白い。ここでは省くが、試行錯誤の過程などは抱腹絶倒だった。
 持ってきたのは、ぺちゃんこのA4判キヤノン・スキャナだった。ネットオークションで1000円だったとか。サイドのプラスチックを簡単にはずし(このはずし方もネットに出ているそうだ)、ガラスを取り除いて、可動の読み取りバーをむき出しにして説明してくれた。
 「これがレンズです」と見せてくれたのは、どうみてもただのプラスチックテープだが、「ちゃんとアナが開いてるんですよ」「へえー」。スキャナにも大変な技術が入ってるんだ。もうLEDはつぶしてあって、どちらもスキャナカメラには要らないもの。バーの底に張り付いている受光素子だけでいいのだと。(右上の写真。金色に光っているのが受光素子)
 スキャナの背面にジナーボードがとりつけてあって、これをジナーにセットして暗箱カメラに後ろからあてがう。あとは、USBで接続した(電源もとれる)パソコンの操作で読み取ればいい。「ピント面は?」「一度撮ってずれてたら修正すればいいんです」。違えねぇ。露出もまたしかり。デジタルはすばらしい。
 (ジナーにセットしたスキャナ。操作については動画参照)☞
コロンブスの四角い卵
 実は、この先にもうひとつ核心があった。レンズをはずしてしまった受光素子は、素材のばらつきがストレートに出てしまう。下の写真でも、よく見るとスジが入っているのがわかる。これをどう補正するか、前述の学術論文でソフトの問題といっていたのが、これだった。件の学者は自作したらしいが、Sさんは論文をヒントに、ネットをさがしまわってついに見つけ出していた。

 これがなんと日本人で、ソフトをフリーで公開していたというのだ。元のアイデアは、image inpaintingという外国のものらしい。要するに、写真などの表面にあるキズやゴミ、書き込みなどを消してしまうもので、最新のphotoshopにも同様のものはある。こう書くとひどく簡単なようだが、つまりはコロンブスの卵である。技術もアイデアもすでにあるもの。それらを、ある意図をもって並べ直した。今回の卵は四角だったというわけだ。
 デジタルではもうひとつ、赤外線(IR)の問題がある。CCDなどの表面がピカピカ光っているのがIRカットフィルターで、これをつけないとIRが写り込んでおかしな絵になってしまう。それをレンズの前に装着するのだそうだ。へえー、昔のフィルターホルダーも生き返るということか。面白いもんだ。
 以上が、スキャナカメラの基本コンセプトのすべてである。既製品では小さくてもA4判だが、もし8x10サイズで、LEDもレンズも要らない、シンプルなものなら、さまざまな知識や技術をもった「道楽者」が集まれば、作れるだろう。デジタルのダゲールになれるかもしれないではないか。なんだか灯りがみえてきたような。
 どんな新しい技術でも、使いこなしてこそ。開発者が思いもしなかった活用法をみつけるのは、使う側の特権である。完成品を待っているだけでは、明日は開けない。肝心なのは、1人の知恵より大勢の知恵だ。ネットはその道を開いてくれる。
 Sさんはいう。「ややショックなのは、コロンビア大の論文が2004年だったこと。日本ではほとんど話題になっていない。コアテクノロジーは完全に日本頼りなのに、着想とそれを一般化しようとする意欲が凄い。遊び心は欧米人のほうが優れているのでしょうか?」
                  ◇
 スキャナカメラの試みはいくつもある。以下に参考文献をあげておく。
◆Design of an Inexpensive Very High Resolution Scan Camera System
 Google 検索でpdfをダウンロードできる。
http://www.stockholmviews.com/diyphotogear/scannercamera.html
http://golembewski.awardspace.com/cameras/scanner/index.html
◆Image Inpainting
http://wwwmath.uni-muenster.de/u/wachi/PublicPapers/Bertalmio-2000-ImageInpainting.pdf
◆ブログ「てきとうな日々」テクスチャ合成 (Texture Synthesis)
http://blogs.yahoo.co.jp/cat_falcon/folder/932243.html
◆ 日本における試みのリンク
http://wiki.livedoor.jp/scanner_camera/d/%a5%ea%a5%f3%a5%af