好きこそものの上手なれ

 仲間内では「ムさん」で通っている。とにかく多才で、鉄道模型は家の中にジオラマまで作っているとか、工作は金属・木工・塗装・配電、何でもござれ。本物の鉄道も大好きで、廃線になると聞けばどこまででも乗りに行く。SLの撮影ではプロもはだしという話である。
 カメラにも目がない。クラシックから最新のデジカメまで手当り次第。とくにレンズにうるさくて、自分でアダプターを工夫しては、妙な組み合わせを楽しんでいる。最近は車にも凝っていて、クラシックのミニがお気に入りだ。唯一の抜け落ちが大判カメラだった。
◆どうした風の吹き回し
 そのムさんがなぜか突然、「大判カメラはないか」といい出した。前にここで紹介した「スキャナカメラ」に触発されたらしい。はじまりが「ノートパソコンが手に入ったから」だった。「ああ、カメラならいくらでもあるよ」なんていってるうちに、「仕組みを知りたい」というので、最初に工夫したSさんを紹介した。
 ともに理系なので話が早かったらしく、ムさんはたちまちヤフーでスキャナを手に入れたと思ったら、あろうことか段ボールでカメラを作ってしまい、大判レンズも調達してきて、あっという間に結果をブログに出した。ちゃんと写っている。たいしたものである。(写真は左が段ボールカメラ、スキャナは右のフィールドカメラ用に工作。割り箸みたいな木片は、ピントグラスを浮かせてピントを調節する道具。頭いい)

 本人は決して口にしないし、またそうは見えないのだが、本職はIT企業の技術者である。スキャナカメラの肝心の部分、パソコンによるコントロールと画像修正のソフトのあたりーーフィルムカメラから入る連中には、いちばん苦手の部分——が、彼にはお手のもの。これに木工、金工のワザが加わるから、鬼に金棒だ。

 しかし、ムさんはそこで止まらなかった。なおも「大判カメラが」といい続ける。「変なものを買っちゃだめよ」といってるうちに、中古カメラ市で安い大判を手に入れてしまう。普通はここで、レンズボードや座金の工作に時間をかけ、フィルムやホルダー探しになるところなのだが、彼は一直線に木工でスキャナを取り付けてしまう。レンズの取り付けも木工で片付け、およそ見たこともない大判カメラができあがった。
 そして結果はその日のうちに、ブログに載った。見ると、同じ絵柄で調子の違うものが乗っている。何かと思ったら、フィルターの有る無しの違いで、スキャナは紫外線も赤外線も感じてしまうのだとある。あらま、そんなこと考えもしなかった。いわれれば確かにその通り。デジカメにはみなついているが、手作りだと全部自分でやらないといけないわけだ。(フィルターの有無。上がなし)
◆段ボールカメラは幻に
 ムさんは35㍉判の大口径やソフトレンズを開放で撮るのが趣味で、レンズテストと称しては、もやもや画像をみせびらかす。やれズノーだタンバールだヘクトールだと、要するにレンズ自慢である。私はその都度、「大判なら二束三文のレンズで同じ絵が撮れるよ」なんて冷やかしていたものだ。
 大判のレンズ遊びをした方なら、意味はおわかりだろう。プラナーf1.2の値段で、大判なら上から下まで全部揃ってしまう。レンズだって、ダルメーヤーだのニコペルだのいう必要はない。古いラピッド・レクチリネア(RR)やペッツバールなら、それこそ選りどり見どり。安いレンズほどもやもやした面白い絵が撮れる。


 そんな風だから、大判でも当然そっちへ走ると思っていたのだが、全然違った。彼の関心は、もっぱらデジタルで画像をつかまえるメカニズムの方にあった。Sさんから仕入れたアイデアを、彼なりに再構築して、専用のガジェットを作ってしまったのだ。並の大判族と違って、フィルムで撮るなんてことは端から念頭にないのだった。
 それがわかったから、その試行錯誤の過程をこのブログに載せようと、「段ボールカメラを見せて」といったところ、なんと「邪魔だから捨てちゃった」とにべもない。なんたること。しかし実をいうと、デジタル・メカ音痴の当方にとって、こんなありがたい人はいない。
 ならばと、好き者を集めてその成果のほどを見せてもらおうと、Sさんにも声をかけて、ワークショップをやることになった。実物を見て、実際に撮影して、パソコン処理までを見ようというのだ。8月下旬の週末の午後、六本木のビルの一室に20人近くが集まった。
 機材のカメラは、Sさんが8x10、ムさんがイギリスのフルサイズ(キャビネの2倍)。スキャナはいずれも中古のCANON LiDE40(薄型A4)。ヤフーで1500円とか500円とかいう代物だという。レンズは、初期の単玉から、ソフトフォーカス、ポートレートなどいろいろ用意した。別にSさんが作った、コンパクト・デジカメの連続画像を合成する仕掛けもあった。

◆怪しいおじさん
 まずは、ムさんの段ボールカメラ武勇伝から始まった。もう捨てちゃったのだが、残っている記録写真が投影された。四角い箱である。ただ、ピントが合わせられるように、2つの箱が組み合わせてある。これにレンズがついていて、バックがスキャナ。ちょっと異様だが理にかなっている。要するに段ボールのダゲレオタイプである。
 スキャナ作りは「非常に簡単です」という。以前ここで紹介したように、フラットベッド・スキャナの受光部にあるレンズ、ライトチューブその他を外す作業だから、「30分でできました。2台目は20分」。またカメラ作りも1時間くらいだったそうだ。「すばらしい。オレは才能がある」なんてとぼけて見せる。
 で、室内で写ることを確認すると、すぐに外へ出て撮影にかかった。ところが、公園かどこかで撮っていたら、子どもが「お母ぁさーん、怪しいおじさんが‥‥」という騒ぎになりかけた。段ボールの箱にパソコンがつながっているだけでも十分に怪しい。「有名IT企業の社員がのぞき、なんてことになると‥‥」というので、早々に引き上げたらしい。彼がカメラを欲しいといったのは、このためだった。見ただけでカメラとわかれば、こうした問題は起らない。(右上:これでは確かに怪しい)
 で、手に入れたのがイギリスのフルサイズで、実はA4のスキャナにぴったりだった。戦前の日本の写真館の定番で、日本製も沢山ある。しかしいまはフィルムもないから、中古カメラ市でも二束三文である。これがスキャナで生き返るというわけだ。いい話ではないか。わたしも誤解していたのだが、スキャナの短辺は8x10より小さかった。ということは、むろん8x10でも大丈夫だ。
◆「5億画素も可能」にびっくり 
 さて実践である。参加者を撮影して画像をパソコンに取り込むのだが、パソコン画面をプロジェクターでスクリーンに投影したので、撮像アーム(CCD)が動くにつれて画面に現れる画像を、写されている側がスクリーンで見られる。ちょっと面白い光景になった。(動画)


 アームが動くのだから、ワンショットにだいたい8--10秒かかる。およそ坂本龍馬の時代と同じだが、みなスクリーンをじっと見たりしてけっこう動かない。たまに動いたりすると、何やら奇妙な姿になったりして、これもご愛嬌だが、とにかく絵が出てくる。ここまで写るとは思わなかったので、みんなびっくりだった。
 ここでSさんが、自分で計算したカメラの仕様を説明した(図参照)。これがまた、驚きだ。独自の計算とデジカメとの比較から割り出したISO感度は、モノクロだと3200、シャッター速度は250分の1秒。このあたり文系にはさっぱりわからないが、ムさんの計算ともだいたい一致していたという。また、スキャナのdpiの設定しだいでは、最高で5億画素超にもなるのだという。「エーッ!」である。
 Sさんは試行錯誤の過程でスキャナを10台ほど潰したと、積上げた残骸の写真をみせて大笑いだったが、機種選択のポイントは、電源をUSBでパソコンからとれるという点にあった。カメラとスキャナとパソコンだけで大荷物だ。ほかに、バッテリーまで持ち歩くのはちょっと、というのである。




 だから、電源の労をいとわなければ、もっと高性能のスキャナも可能になる。参加者から「エプソンならカラーも」という質問が出たが、まさにその通りで、現に5億画素を達成したという話が、ネットには出ているそうだ。同じことを考えている人は、日本でも世界でもいるようで、さまざまな試行結果がネットで見ることができる。(巻末のURL参照)
 カラー撮影は、この日は実践できなかった。3色のフィルターで撮った3枚の画像を合成する方法で、ムさんがやった結果が映し出されたが、見たところ自然なカラーが出ていた。ただ、フィルターの選び方、パソコンでの処理の仕方がまだ煮詰まっていないという話だった。
◆課題はゴーストの補正
 それよりも、レンズのとっかえひっかえが面白かった。さすがに、ハイパーゴンは室内では暗すぎたが、幻のピンカムスミスのボケレンズ、クーク、ヘリアーの他に、ダゲレオタイプか湿板時代の単玉レンズなど、それぞれに個性あふれる描写が、いとも簡単に目で見えるのである。しかもその場で拡大もできるのだから、いうことなし。デジタルバンザイだ。(使用レンズは上から、Congo 210/4.5、P&S Synthetic 8in. F5、Heliar 300/4.5、Cooke 7,5in./6.5、18世紀の単玉。撮影はムさん。トリミングしてphotoshopで調子を整えた)
 ボシュロムのSIGMAR 16in. という巨大ポートレート・レンズも使った。実は十数年ももっていながら一度も撮ったことがなく、前の晩までほこりだらけだったものだ。シャッターが壊れていたからだが、スキャナカメラにシャッターはいらない。これが初めて素直な柔らかい味をみせてくれた。できれば汚いおじさんたちではなく、きれいなオネーさんを撮ってみたいレンズだ。(ページトップの写真。撮影はSさん)
 こうして画像を並べてみるとすぐおわかりだろうが、全体に刷毛ではいたような筋が入っている。これをゴーストといっていいのかどうか。集光レンズをはずして受光素子をむき出しにしたために、おそらくCCDの粒子の配列のムラがそのまま出てしまうのだろう。参加者からは、「スキャナの性能だよ」という声もあった。
 また、同じCANON LiDE40なのに、ムさんのスキャナでは、画面左上に黒いかたまりが出るが、Sさんのは出ない。理由はよくわからないが、ムさんは、何かがガラスに反射しているのだろうという。これらをどう補正するかが、最後の課題だ。
 黒いかたまりは、とりあえずはトリミングしてしまえば済む。だが、全体の筋はなんとかしたい。ここから先はデジタル技術の世界になるが、実はすでに補正ソフトは実用化されている。写真の中の邪魔なものを消したり、別のものをもってきて合成したりというphotoshopの機能は、同じ技術なのだそうだ。
 この辺りはまだ、研究段階にある。Sさんもムさんも、安い中古スキャナを流用するという「正しい道」をたどっているから、当然ながら機材には限界がある。もし金に糸目をつけずに最新の機材でやれば、もっとすごい結果が出るのはわかったと、これが今のところの到達点というわけである。
◆デジタルのすごさを実感
 では、最新の機器を使ったらどうなるか。これを示したのが、コンパクト・デジカメの連写画像の合成である。Sさんが手作りした撮影装置は、20世紀初めのエンパイヤステート11x14という巨大カメラについていた。この日が初めてのお披露目だった。
 11x14はさすがに大きい。手作りバックにレールを取り付け、そこにレンズをはずしたソニーのNEX3をセットして、コマ送りよろしくパチパチと撮りながらデジカメを移動させていく。そしてレールをずらしてまた、繰り返す(撮影の実際は、「出よ!デジタルのダゲール」の動画参照)。



 この日は4x5のサイズを想定して、横に8コマを2列、計16コマ撮ったところで、終わってしまった。被写体が人間だったから、撮る方も撮られる方も根気の限界というわけである。CCDが小さいから、バイテンだと250コマくらいは撮らないといけないそうだ。それならいっそ、4x5カメラでやった方が、実用的かもしれない。それでも60コマらしいが。
 しかし、その結果にはびっくりだった。長い時間モデルになっていた2人は、多少は動いているはずなのに、合成画面では何の違和感もない。できれば、もう1列やってほしかったくらいだ。一部にゴーストが出ていたが、CCDも合成ソフトも最新だから、露出のムラもなければ、つなぎの不自然さもない。多分レンズの特性もちゃんと出ていただろう。(左が11x14巨大カメラ。バックのNEX3はCCDが見えているが、撮影ではもちろん向こうを向ける。結果はご覧の通り) 
 あらためて、デジタル技術のすごさを実感した。このCCDないしはCMOSが大きければいうことないのだが、なにしろ何百万円は間違いないのだから実用化は望み薄だ。となると、フィルムがなくなったとき、大判写真師の選択肢は2つしかない。スキャナカメラか、機材を売っぱらって足を洗うかだ。
 しかし、いまは頼りないスキャナだって、技術が新しくなれば、その都度より高画質でより安いものが生まれるだろう。望みはそこにある。つまりはカメラ・メーカーではなく、スキャナ・メーカーである。誰か1人くらい、気がつく技術者がいてもいいと思うんだが‥‥。
 面白いのはムさんだ。どうやら、大判でもレンズ病が出てしまったらしく、最近は「バレルレンズが‥‥」なんていい始めている。いい傾向だ。フィルム族がやや沈滞しているなか、スキャナだろうと不完全だろうと、撮り続けるのがなにより。暗箱カメラはいじってこそなんぼである。

【参考URL】

 http://gigazine.net/news/20090525_130m_scanner_digicam/

 http://www39.atwiki.jp/scannercamera/

 http://d.hatena.ne.jp/YAKU+yakuscam/ 

 http://elm-chan.org/works/lcam/report_j.html