大判カメラのへそ

 スキャナカメラのワークショップは実に面白かった。なかでも愉快だったのはレンズのとっかえひっかえである。バックがデジタルだから、撮影結果はリアルタイムでスクリーンに出る。ひょいとレンズを取り替えては、また1枚。はい、次のレンズはこれこれと、小1時間の間に、2台のカメラで計7本ものレンズを試した。フィルム撮影では考えられない展開だ。(左はデジカメ作戦の図)
 しかも6本は1台のカメラでこなした。むろん例のユニバーサルマウントがあったからだが、それを可能にしたのはレンズボードである。大判カメラの醍醐味のひとつは、どんなレンズでも装着可能(イメージサークルの大小はあるが)なことだ。カギを握るのがレンズボード。今回つくづく、「ボードは大判カメラのへそだなぁ」と思ったのだった。
◆4x4インチがカギだった
 現代の大判レンズボードのスタンダードは、ジナーとリンホフだ。フィールドカメラもほとんどがどちらかで作っている。ジナーにはリンホフ・ボードをそのまま付けられるアダプターボードがあるから、レンズをリンホフ・ボードに付けておけば、なんでもいけてしまう。つまり、ボードで悩む必要がない。

 ところが、わたしのようにいかがわしい古物カメラで撮ろうとすると、これが最大の障害になってしまう。古いカメラ、とくにイギリスもの、フランスものとなると、カメラごとにばらばらでスタンダードというものがない。だからいちいちボードを作らないといけない。木工は簡単だとはいえ面倒なものだ。
 この点でもアメリカはたいしたものである。20世紀初頭のプリモ・タイプあたりはばらばらだったのが、その後、3.5、4、4.5、6、8インチと曲がりなりにも規格ができる。親亀子亀式のアダプター・ボードもある。アメリカ人はけちなのか、使い古しでもマーケットに出るから、あらかじめ買っておくと必ず役に立つ。(右は、5番シャッターとユニバーサルマウントの組み合わせ。これであらかたのレンズはついてしまう)
 ワークショップで使ったカメラのひとつはジナーだったから、これは問題なし。懸念はもうひとつの日本製フィールドカメラだった。日本の暗箱はイギリスもののコピーだから、カメラごとに異なる。聞いてみると、「10cm x 11cm」だという。「だからイギリスはダメなんだよ」
 しかし、10cmはほぼ4インチか。4インチ角のボードなら売るほどあるし、足らない1cm部分はパーマセルでふさいでしまえばいい。4インチは厳密には10cmより長いのだが、木製ボードはもともといい加減だ。現に測ってみると10cm前後で、ばらつきがある。まあ何とかいけるだろうと踏んだ。
 4インチ角ボードでは、ユニバーサル・ホルダーでレンズの付け替えシステムもつくっていたから、はまりさえすれば文句ない。そして当日のぶっつけ本番。まず、ハイパーゴンがついている4インチボードをあてがってみると、これが入らない。わずかにボードが大きい。ムさんは即座にパーマセルで貼付けて撮影にかかった。
◆はまればこっちのもの
ハイパーゴンはレンズが軽いからこれでよかったが、問題はもうひとつの方だ。ILEXの5番シャッターにユニバーサルマウントがついているから、かなりの重量がある。正直恐る恐るだったが、幸いなことにぴったりとはまった。はまってしまえばこっちのものだ。足らない部分をパーマセルで補強してしまえば、何でも来いである。
  この5番シャッターは、現行の一番大きなコパル(コンパーも同じ)3番よりさらに大きい。古いものだからシャッターの機能はおぼつかないが、大きなレンズが付けられるから便利だ。一番大きいヘリアー300/4.5は、ちょっと無理をしてシャッターに直接付けられるように作ってある。また小さなレンズ用には、中型のユニバーサルマウントがつけられる。
 かくて、もっていった5本のレンズはこれで済んだ。もう1本の巨大レンズSIGMARは、ジナーボード用に作ってあった。座金はボードよりはるかに大きいのだが、後玉の径は何とかいける。そこで、後玉の抑えのリングをボードに造りつけてしまったのである。これでSさんが撮った写真は前回ご覧いただいた通り、素直ないいレンズである。
 Sさんはまた、ジナーにユニバーサルマウントを用意していたほか、リンホフ・アダプターも用意して万能だったのだが、参加者はだれもレンズを持ってこず、空振りに終わったのはちょっと残念だった。みんな半信半疑だったのだろう。
 それはともかく、あらためてレンズボードの規格の意味を実感した。4x4インチは木製ボードでは一番小さい。これ以下はスピグラ用で、径の小さいシャッター付きレンズを想定している。しかし5番シャッターは本来6x6インチボード用だから、4インチはまさにぎりぎり。座金がはみ出してしまうので、セットするにはちょっと苦労した。
 また、ディアドルフ5x7用の4.5インチ角だと楽々なので、それぞれボードをこのユニット用に細工して、つまりアメリカ規格のカメラなら何でもいけるように作ったのである。まさに規格のお陰、アメリカの合理主義バンザイである。(アイレックス5番シャッターと6、4.5、4インチボード、どれにもつくが、4インチはぎりぎりだ)
◆ユニバーサルを逃すな
 しかし、大判カメラの主流がプロ用のリンホフやジナーに移ってしまうと、ボードの規格もそちらになってしまう。いま作られている大判カメラは、アメリカ製でも日本製でも大方どちらかである。レンズ自体も高性能で小さなものになったから、それで十分なわけだ。
 そんな新たな合理主義のもとでも、レンズのマウントの手間だけは昔と変わらない。いやむしろ、ボードが金属だから、規格外のバレルレンズとなるとノコギリとキリと木ネジでというわけにはいかなくなった。そこで注目されるのが、今回も使ったユニバーサル・マウントだ。

 これは、レンズの絞りと同様の羽根を頑丈に作って、レンズのスクリューマウント部分をくわえこむ仕組みである。くわえこみの深さはほんのコンマ何㍉に過ぎないから、ちょっと緩んだらボロリで怖いのだが、ストッパーがしっかりしていれば、ウソみたいにがっちりと止まる。
 レンズのマウントには、昔の人も大いに苦労したのだろう。2、3本の付け替えなら木製ボードでいいが、レンズにうるさい、つまり付け替えの需要が多いと、何とか便利なものはないかと思うのは当然だ。どうやら考え出したのはドイツ人のようで、レンズの国の国民性の産物らしい。(ユニバーサル・マウント。2つはシャッターがついている。あと2つあるのだが、目下行方不明)
 大方アルミだが造りは入念だ。鋼鉄の絞り羽根をしっかりと締めて、さらにストッパーがある。ご丁寧にシャッターがついたものまである。バルブかインスタントしか切れないのだが、エアバルブで作動するのだから古いものに違いない。いずれにしても、バレルレンズ全盛期のレンズグルメの必需品だった。
 ただ、そこまでして遊んだ人間が多くなかったのか、あるいは息子や孫が「何だこれ?」と捨てちゃったのか、マーケットにもあまり出ない。私も7個くらい持っていたが、eBayで見つけては片っ端から落とした結果で、10年くらいをかけてもそんな数でしかない。いまでは滅多に見かけなくなった。だから、見つけたら絶対に見過ごしてはいけないアイでムである。
◆親亀子亀の知恵
 今回は4インチボードが主役になったが、古物カメラではどのサイズが有用かとなると、なかなかに難しいものである。大きければ大きいレンズが付けられるのは当然だが、持ち歩きがかさばる。また巨大レンズは本来フィールドへは出ないものだ。ニコペルで風景を撮ってもはじまらない。
 小さなボードを大きなボードに取り付ける親亀子亀アダプターも便利なものである。現代ではリンホフー→ジナーが標準だが、木製となると、まあ千差万別だ。スピグラ→4インチ(以下同じ)、4→6、4.5→6、6→8……。むろん、2つを重ねることだってできる。
 メーカーが用意したものもあるが、大方は手持ちのカメラの使い勝手から、自分でコツコツと手作りしたものだ。100%アメリカ人である。規格というものがあるから、これが可能になる。アメリカが大判王国になった理由のひとつだ。フィルムバックやボードの規格が、いかに有用だったか。私が気ままにレンズ遊びできるのも、このお陰である。
 小さいボードはレンズの大きさが限られるが、親亀子亀でいくと、小さいものを活用するのがやはり合理的だ。で、手元にあるもので見るかぎり、中心は4インチである。前述のイギリスタイプのフィールドカメラも、一辺が約10cmだったから万能つけかえが可能になった。しかし、10cmより小さいと、話は面倒になる。
 イギリス人は、カメラができる早々から持ち歩きを考えた。木製の箱を蝶番で折り畳む。次に蛇腹を考え出す。しかし何といってもS・D・マッケランが工夫したフィールドカメラが、暗箱デザインの最高傑作である。イギリスのメーカーはもちろん、アメリカではディアドルフ、ウィズナー、日本ではタチハラ、ナガオカがこのタイプ。つまり120年以上も通用している。これはすごい。
◆イギリスタイプの限界
 唯一の欠点は、蛇腹の構造上レンズボードを大きくできないことだ。ワークショップで使ったのは英のフルサイズだが、それでも4x4インチがギリギリ。キャビネ判になるともっと小さい上に、規格という概念がないから、カメラごとに形もまちまちである。
 このタイプで唯一、ボードを大きく作ったのはディアドルフで、8x10で6インチ、11x14は8インチである。巨大レンズ志向のアメリカのスタジオカメラの規格そのままに作ったわけだ。しかし、フィールドカメラのボードが大きいと、蛇腹の先細りが浅くなって折りたたみが難しくなる。ディアドルフの蛇腹の折り方が古風で無骨なのは、多分そのためだ。これはこれでたいした知恵である。
 タチハラやガンドルフィでジナーボードのものがあるが、この辺りが構造的にも限界であろう。実質はスタジオカメラに近く、重量も相当なものになる。ひょいひょいと持ち歩けるのは「ポパイ」のアメリカ人くらいのものだ。日本人にはやはり、ボードの小さい伝統的なイギリスタイプが合っている。
 要するに、小さなレンズで我慢すればいいのだが、ボードの形の違いをどうするか。わたしが2台のキャビネ型で使っているのが、共用の座金である(写真右上)。これに合う0番シャッターと1番シャッター用のリングを作って、付け替えるのである。これはなかなか便利なもので、19世紀のエアシャッターから現代のコパルまで何でもいける。ただ、バレルレンズだとやっぱり新しくボードを作らないといけない。
 同じイギリスカメラでも、テイルボード型はボードが大きい。わたしが愛用している広角専用カメラ(全倍)は、とりわけボードが大きいので、ボード自体で遊べる。左の写真で、小さなレンズがついているのがオリジナルで、下のボードは、4インチ用の親亀子亀だ。これに先のシステムを使えば、大方のレンズは取り付け可能である。左のカメラはガンドルフィの8x10で、4インチボードが共有だから、同じレンズがどちらにもつく。
◆大きいことはいいことだ
 このボードは他に、2種類のユニバーサル・マウント用も作ってある。普段は8x10バックで撮っているが、ボディーの開口部が大きいので、口径の大きいレンズも装着できる。オリジナルはいろいろ変わった造りで、レンズがイタリア製なので、ひょっとしてカメラもイタリアかもしれない。得体の知れない珍品だが、便利なボードのお陰で出番が多い。
 大判王国アメリカのボードの標準は、スタジオ・カメラで決まったらしい。コダックやアンスコ、バーク&ジェイムズ(B&J)の8x10はみな6インチ角である。B&Jは5x7まで6インチで、最後までこれで通した。つまり6インチ角なら、どのカメラにもついた。

 ところが、遅れてスタートしたディアドルフは、サイズは同じだったが、なぜか角を丸くして分厚く作った。ために、ディアドルフのボードはそれまでのカメラにはつけられない。ただ、木製ボードは角を簡単に削れるから、逆は可能であった。高級カメラとして、差別化を図ったのかもしれないが、両者の共存はざっと50年に及ぶのである。
 アメリカ人が6インチを必要としたのは、ポートレート撮影である。とくに20世紀初めのピクトリアリズムの頃は、ボシュロムやウォーレンサックの巨大レンズがもてはやされた。イギリス、ドイツでも作られたが、使ったのは主にアメリカ人だった。直径が10cmを超えると、どうしても6インチ以上が必要だ。(骨董ジャンボリーでの坂崎幸之助さんのお店。広角専用テイルボード8x10、メトロゴン210/6.3、TX)
 レンズがでかいから、普通のシャッターでは間に合わない。パッカードや観音開きなど、ボードにとりつける大きなシャッターが作られ、時代が下るとこれにシンクロがついたり、ユニバーサル・マウントとか面白い仕掛けもいろいろできる。多くがエアバルブで作動するから、いま使うと、あたかも昔の写真師になったような気分になれる。
 これらは全て、6インチないしは8インチだから可能になる。親亀子亀にしても、受け皿はでっかい方がいい。こうしたさまざまな小道具は昔の人の知恵の結晶だから、見ているだけでも楽しいものだ。こんな遊びは、小型カメラではできない。